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旧陸軍陣地跡発見

kage

2013/03/13 (Wed)

香南市に旧陸軍陣地跡
    山の斜面にトーチカや交通壕

太平洋戦争末期、旧日本陸軍が本土決戦用に築いた防衛陣地(トーチカ)などの陣地跡が香南市野市町新宮で新たに見つかり、11日に一般公開した。
トーチカとは、鉄筋コンクリート製で銃眼となる開口部を除いて壁でよく保護された防御施設である。(写真①)
今回発見された交通豪とトーチカは、のいち動物園がある金剛山の麓で海抜100mぐらいの山中にあり、射撃を兵士が行き来する多数の交通壕や弾薬を保管する地下壕(写真②③)を通じて、前面防弾壁に開けられた銃眼(小窓)より機銃または小銃を用いて谷を上がってくる米軍を迎え撃つ施設である。
管轄は旧陸軍のものであると考えられ、当時の資料によると、1945年春頃から展開したのは陸軍第55軍(偕部隊)第155師団歩兵第449連隊総員3114人、同じ師団の迫撃砲37大隊一部130人、独立山砲兵第6連隊2117人の5000人を超える陸軍兵士が金剛山周辺に配備されていた。(写真④)
隣の山北地区にも同師団の歩兵第452連隊2696人が展開していた。449連隊の主要任務は物部川東側地区を管轄し、敵兵が土佐湾より上陸(本土決戦)時における守備防衛のためであることが記されており、この地は多くの部隊員が密集した軍事拠点の一つであることがわかった。(福井康人草の家研究員資料による)
戦後67年が経過した。今では山の北側には子どもたちが楽しく賑わう「のいち動物園」があるが、その施設内から交通壕を通じて南側のトーチカとつながっていたという発見は、アジア・太平洋戦争の加害と被害を伝えていく「語り部」が、「ひと」から「モノ」へ移りつつある中、子どもたちの平和教育の一環として活用して欲しいものである。

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野市町新宮から金剛山を望む
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